“時給180円"の図書館民間委託 ~アウシュビッツ化する指定管理者施設~

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「まるでアウシュビッツ(※1)収容所の映画をみたときのような恐怖が蘇ってくるんです」
 今年3月まで東京都内の足立区立図書館を運営する会社に契約社員として勤務していたNさん(49歳)は、あの日の情景を思い出すといまも精神がおかしくなりそうになると言う。
 月末休館日の全体会議の席上、運営会社の女性経営者O副社長は、出席したスタッフ全員に強い口調で、こう問いただした。
「どんだけ慣れても、私は時給180円に満たなかったという方がいらっしゃるでしょうか?」
 誰も一言も口を開かない。O副社長は、Nさんが突き付けた「時給180円事件」と題した内部告発文書の全文を滔々と読み上げたあげく、「本当に、こんなことがあったのか! 意見書を書いて提出するように」と出席者全員に命じた。その論調は、まるで強姦者が被害者に「本当に強姦だったのか? 合意のうえだろ!」と詰め寄ってるようにしか聞こえなかった。
 スタッフの誰もが目前に控えた契約更新のことがチラついたに違いない。「本当にありました」と書けば、いったいどうなるのか…。
 そこには、まともな規範など一切存在しない。支配者個人の裁量によって「選別」が行われ、逆らえば、みせしめと理不尽な処罰が待っているだけなのである。

残業は1枚7円

 前年の8月のことだった。区から委託されて図書館の蔵書に盗難防止シールを貼る作業を女性パート従業員3人が残業して一心不乱にこなしていた。
「みなさん、何枚くらいできました?」
 副館長だったNさんは、横でデスクワークをしながら、パートさんたちにそう声をかけた。返ってきた答えに、彼女はひどく驚いた。付帯作業が繁雑だったため、2時間かかって完了したのは、ひとり40~50枚。会社から提示されていた条件は、この作業に限って時給ではなく完全出来高制で、一枚当たり7円。時給換算にすると、平均しても180円に満たない額だった。
 これは、いくらなんでもひどすぎる! そう感じたNさんは、上司である館長に猛烈に抗議した。しかし、10カ月前に1日6時間・月16日勤務の条件で入社したばかりでロクな権限も与えられていない契約社員の館長は、ただ黙り込むだけ。数日後、就業時間内に付帯作業を先にこなす方式に改められ、多少は改善されはしたものの、それでも時給換算で300円程度にしかならなかったのだった。

内部告発を決意

 勢いで抗議はしたものの、シール貼付作業を「内職扱い」としたのがO副社長だっただけに、Nさんは、何か不利益な処分をされはしないかと不安を抱いていた。ちょうど賃上げ要望を却下された頃だったためその不安は余計増幅した。
 悪い予感は的中。翌年1月、彼女は事業所を統括する所長に呼び出されてこう告げられたのだった。
「あなたとは、平成24年度の契約を結びません」 
 2年前に区から指定管理を受託したと同時に入社。図書館業務のなかでも、内外で開催される行事がいちばん多い児童担当業務を任され、自分なりに頑張ってきたつもりだった彼女にとって、それは到底受け入れられるものではなかった。
 数日後、「雇止は到底納得できません」と、「抗議書」を会社宛てに送付。一方で、区のコンプライアンス室に申し立てて調査を依頼。労基署にも足を運んで、不当な雇止と労基法違反を申告した。

クビ切りは経営者の自由

 ところが、事態は思わぬ方向に転がっていった。O副社長は、全体会議でNさんが送付した抗議文を読み上げて、ほかのスタッフに否定させようと、あからさまなパワハラで対抗してきた。話し合いを求めると「弁護士を通せ」と拒絶。区のコンプライアンス室は、申告は受け付けてもらえたものの調査は遅々として進まない。労基署にいたっては、何度頼んでも「雇止に関しては権限がない」、労基法違反についても「被害者からの申告でないと動けない」の一点張り。
 ある有名なユニオンに相談すると「契約更新するかどうかは経営者の自由だから、裁判になったら、あなた負けますよ」とセクハラの二次被害に遇ったような返答をされた。
 相談に乗ってくれる公務ユニオンがみつかったが、大事件に発展したらどうしようと加盟をためらっているうちに「もう遅い。あなたは経営者を怒らせすぎた。ハードルが高くなりすぎた」と加盟を断られた。三月末の退職ぎりぎりになって、地元のコミュニティユニオンが団体交渉を引き受けてくれたのがせめてもの救いだった。

指定管理者制度の闇

 退職からもうすぐ半年が経過するNさんは、いまも地元ユニオンに会社と団体交渉を続けてもらっているが、会社は雇止の理由を「優秀でなかったから」としか回答していない。区のコンプライアンス室は問い合わせても、いまだ「調査継続中」のままである。
 唯一の収穫は、ユニオンとして労基署に申告し直したところ、労基署が最近になって、パート従業員に対する労基法違反についてのみ立ち入り調査して是正勧告が行われたことくらいだ。
 いまは区が会社に対して何か処分をしてくれるとは思っていない。なぜならば、いかに役所が安い費用で公共施設を運営するかに血道を挙げているなかで、その根幹となっている指定管理者制度(※2)の不備を、役所自らが認めるはずがないと思うからだ。
 区がもし指定管理者の不当な雇止の事実を認めたら、数年前に同じ区内の図書館で起きた館長雇止事件のとき以上に、指定管理者制度に対する批判が勢いを増すだろう。
 図書館運営のノウハウなど何も持たない地元の金属加工業者を指定管理者として任命したことにすべての原因があると、彼女は考えている。
 あの悪夢を振り払うために、自分にできることは、もう裁判しか残されていない、と思う。雇止の理由書に書かれていた「ルールを守れない、協調性がない、誠意がない等業務を遂行する能力、勤務態度が十分でないと認められる為」の“冤罪”だけは、絶対に晴らさないといけない。そうでないと、前に向かって進めないと思うからだ。(了)

 この文章が書かれてから、平成27年3月時点で、2年半が経過した。最近、ようやく地方裁判所の判決が出てニュースに取り上げられている。関心のある人は、ココを参照→「全国の図書館が闇の中にあるらしい。http://open.mixi.jp/user/35315089/diary/1939823575

(※1)《アウシュビッツ第二次世界大戦中に、ナチスドイツが占領中のポーランドに建設した強制収容所。明確な規範が存在せず、支配者個人の裁量によって、「選別」が行われたり、強烈な心理的な抑圧を与える懲罰や見せしめなどにより、被収容者を支配する構造であったと伝えられている。

(※2)《指定管理者制度自治体が公共施設を、民間事業者・団体等を指定して管理運営させる制度。施設を受託した指定管理者は、人件費を極度の抑制しようとするため、劣悪な労働条件に陥る弊害が指摘されている。

写真は
ウィキペディア
アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所」より
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%84%EF%BC%9D%E3%83%93%E3%83%AB%E3%82%B1%E3%83%8A%E3%82%A6%E5%BC%B7%E5%88%B6%E5%8F%8E%E5%AE%B9%E6%89%80